日記で文章を書いてきた世代

SNSはあまり得意ではなく、見るのが専門。
主に、YouTube、嫌われつつあるXが好きで、YouTubeも好きなチャンネルに関してはコメント欄までよく読んでいます。
そこで思うのは、最近の若い人たちはコメントが軽やかだなぁ、ということ。
要点をつきつつ、軽やかに「好意」や「共感」、「ユーモア」があって、いいね!としたくなるコメントを書く人がたくさんいるな、って思うんですよね。
多分、これは世代的なこともあって、SNSが普及する前の時代に、「国語」をやってた私あたりの世代には多分難しいことなんじゃないかな、ってふと思いました。
日記で文章を書いてきた私たち
何かを書こうとする時に、つい時系列で物事を説明するクセがついてるな、と思うことがあります。
昨日〇〇がありました
朝、〇〇に行って、〇〇〇をしてから、〇〇〇に行き・・・
これがダメ、というわけではありませんが、読み手には必要のない情報が多くなることは多々あります。
これから伝えようとしていることはなんなのか?
そこに焦点を当てた時、「そこに至るまでの経緯や状況、流れ」はどこまで伝える必要があるのか?
多分、出来事を振り返った時に、自分の中にあるストーリーを伝えるのに、そこにいたるまでの行動や経緯を説明したくなるんでしょうね。
昔見た映画に「存在の耐えられない軽さ」ってのがありましたが、それこそ2ちゃんねるの時にも、その言葉の軽さ、他者同士の距離感の近さについていけなかったところがあります。
そこをず〜っと超えてきて、ボキャブラリーの無さや、国語力の低下を嘆く大人たちもたくさんいますが、そこに見る新しいコミュニケーション、共感、想いを伝える方法があるんだなぁ、って、ワクワクしながら覗いています。
そう考えると、某FのつくSNSが高齢化している意味もわかる気がしています。



